第五部、第六部

第五部

   1 
 ルージンはドーネチカとプリヘーリャ親子との談判のことを未練がましく考えた。いったいあの話は取り返しのつかぬほどに瓦解してしまったのだろうか。彼は空想の中でラスコーリニコフを殺すことをも考えた。ルージンはレベジャートニコフの部屋に寄宿している。ルージンはレベジャートニコフを単純な俗人であることを見抜き軽蔑していたが、レベジャートニコフがある進歩主義者の団体に属しているため、利用する余地があると考えていた。レベジャートニコフもルージンが自分をどう評価しているかを薄々感じとっていた。
 カチェリーナの部屋では亡くなったマルメラードフの法事の準備が為されており、ラスコーリニコフが彼女に与えた金がそのために使われていることをルージンは愚かなことと思っていた。
 ソーニャの行為(なりわい)の性質をレベジャードフは褒め、自分以上に彼女の価値に尊敬を示した人はいないと言う。  ルージンはレベジャートニコフに言って部屋にソーニャに来てもらい、金を渡し、カチェリーナには内緒にしておくようにと言い渡す。レベジャートニコフはそのルージンの行為を称賛した。ルージンはレベジャートニコフの結婚制度に関する話を上の空で聞き、何か別のことを考えていた。

   2
  カチェリーナは夫のマルメラードフの葬式と特に法事を行うこととした。それは故人が優れた人物であり、また自分自身もアパートの間借り人たちよりも素性がよいことを主張したいがためであった。ところが葬式には殆ど人が集まらず、法事に出席して欲しい人は来ず、ただ馳走目当ての者ばかりであった。カチェリーナは用意に尽力した家主のアマリヤ・イヴァーノヴナに当初は感謝したが、出席者が思い通りでなかったことを彼女のせいと考えた。またソーニャのことを批難していた間借り人の母娘をこの機会に論駁しようと図ったが彼女らは断りの挨拶も無く現れなかった。カチェリーナは法事の失敗をラスコーリニコフに愚痴った。ソーニャは選り抜きの丁重な言葉使いでルージンの謝辞をカチェリーナに伝えた。
 法事は集まった者たちの揶揄とそれへのカチェリーナの応酬で遂には騒然となりあわや彼女とアマリヤのつかみ合いにまでなりそうになったが、そこへルージンが突然に姿を現した。

    3
 部屋へ入って来たルージンにカチェリーナ・イヴァーナヴナは味方をしてくれるように願うが、ルージンは心当たりが無いと言い、ルージンから与えられた10ルーブリを取り出して返すと告げる。ルージンはそれを問題にもせず、更に百ルーブリについて迫る。カチェリーナは10ルーブリについてさえ怒ってルージンに投げ返し、ソーニャを調べるように言う。カチェリーナ自らソーニャのポケットを調べると百ルーブリが皆の目の前に出て来た。ソーニャは覚えがないと言いつつカチェリーナに倒れかかる。カチェリーナはソーニャが盗みなどしない娘だと、黄色い鑑札(娼婦のこと)を受けたのも自分の子どもを飢えさせないためだと訴える。
 この場へ来ていたレベジャートニコフがルージンを卑劣な男と大声で呼ばわり、ルージンがソーニャに気づかれぬようにポケットに百ルーブリを入れた状況を語る。しかし、彼はその理由が分からないと。ラスコーリニコフが前へ出てルージンはソーニャを貶め、彼女を助けているラスコーリニコフと母と妹との関係を断絶させるためだと真相を語る。真相を暴露されたルージンはそれでも虚勢を張りつつ場を去る。ソーニャは心細さを強く感じ、下宿へ帰って行く。カチェリーナは「この世の真はあるのか?」と出て行く。

   4
 ラスコーリニコフは誰がリザベータを殺したのかを告げるためにソーニャの住まいに出かけた。部屋に入ったとたんソーニャは待ちかねたように彼女の濡れ衣をはらしたことを感謝した。
 ラスコーリニコフの「ルージンとカチェリーナのどちらが死ぬべきか」の問いにソーニャは「私は神のみ心を知るわけにはいかない。だれが生きるべきで、誰が生きるべきでないと、自分は裁き手にはなれない」と答える。ラスコーリニコフは「神を持ちだすとどうしようもない」と応じる。
 ラスコーリニコフは遂にソーニャに金貸し老婆アリョーナ・イヴァーノヴナとその妹リザヴェータ・イヴァーノヴナを殺した犯人が自分であることを、その言葉を直接発するのではないが、疑いも無い表現で伝える。ソーニャはラスコーリニコフの予想に反して彼が世界で最も不幸だと言い、彼を抱きしめる。ソーニャは懲役にさえも一緒に行くと言うが、ラスコーリニコフは自分は懲役に行く気はないらしいと告げる。
 ソーニャの殺人の動機の疑問に対しラスコーリニコフは彼女には理解できないと告げ、かつそれにも拘わらず告白しに来た自分を卑劣漢と、彼女のもとに来たことを許し難いと言う。これにソーニャは来たことは良いことと答える。
 ラスコーリニコフはナポレオンならどうしただろうと考え、ためらうことを恥ずかしく感じ、殺人を犯したと話す。ソーニャのありのままを話すようにとの促しに、家族の境遇を考え、学資や卒業後のためにも金を奪ったと話すが、彼女に否定される。次いでラスコーリニコフはま別の考え「頭脳と精神のしっかりした強い人間は人々の上に立つ主権者なのだ。自分はその行為をあえて為し、殺したのだ」と言う。ソーニャは「あなたは神から離れた涜神者」と批難する。ラスコーリニコフは更に話し続け、「ナポレオンならどうしたかを考え、そのような悩みから逃れるために殺したのだ。ただ自分のためだけに」と言う。ソーニャの「人を殺す権利を持つか」の問いに「自分を殺したのだ。殺したのは悪魔だ」とも言う。
 ソーニャはそんなラスコーリニコフに「大地に接吻なさい。『私は人を殺しました』とおっしゃい!そうすれば神さまが命を授けてくださいます」と告げる。「懲役のことか」と問うラスコーリニコフに「苦しみを身に受けて、それで自分を贖うのです」とソーニャは言う。ラスコーリニコフは未決にはぶち込まれるだろうが、証拠は曖昧だと言う。
 ソーニャの監獄へも行くの言葉にラスコーリニコフは彼女の豊かな愛を感じた。ラスコーリニコフは苦しみを軽くしてもらうつもりだったが、前よりも不幸になったと感じた。
 ソーニャは自分の十字架を渡そうとするが、彼は後にすると告げ、ソーニャは「苦しみに行く時に」と答える。

   5
  レベジャートニコフがカチェリーナ・イヴァーノヴナが発狂したと告げに来た。ソーニャはあわてて外へ出て行く。ラスコーリニコフは自分の部屋に戻り、ソーニャに告げて不幸にしたことを後悔し、自身を卑劣と感じ、懲役の方がいいのかも知れないと考える。部屋へドゥーニャが訪ねて来て、兄が嫌疑をかけられたことを慰め、母は自分が安心させると、またいつでも手助けすると言った。
 外へ出るとカチェリーナが子供を大道で踊らせ物乞いをさせている。官吏の身なりの紳士が三ルーブリを与える。彼女は卑劣な男が夫の娘の顔にどろを塗ったと訴える。雰囲気に怖がって逃げだす子供達をカチェリーナは追い掛けて倒れ、血を吐く。ソーニャの部屋へ運ばれるが、ソーニャへ子供を託して亡くなる。
 スヴィドリガイロフが現れ、ドーニャへ与えようと思っていた1万ルーブリを葬式と子供達の養育費に使うという。また、ソーニャの隣の部屋で聞いていたラスコーリニコフとソーニャの話の中の言葉を告げ、驚愕させる。更にスヴィドリガイロフは二人は「うま」が合うと告げる。

第六部

   1
 ラスコーリニコフは重苦しい孤独の中で意識や記憶が鮮明でないこともある時を過ごしていた。スヴィドリガイロフのことが心を騒がせた。スヴィドリガイロフはドゥーニャに渡すはずだったお金でカチェリーナの三人の孤児を孤児院へ入れた。また彼女の葬式のことで奔走していた。スヴィドリガイロフはラスコーリニコフを励まし「人間はだれしも空気を必要とする」と語る。
 ラスコーリニコフはソーニャと、彼女の部屋、カチェリーナが安置されているところで会った。彼女は彼の両手を取ると彼の肩に頭を載せた。それは彼に不思議な感じを与えた。
 ラスコーリニコフの部屋へラズーミヒンが訪ねて来て、彼が母と妹をおろそかにしていると批難し、母が病気で重体と告げる。
 ラズーミヒンはラスコーリニコフが政治上の秘密結社に関係したと思い込む。そしてドゥーニャもこれを知っていると考え、彼女が手紙を受け取ったとラスコーリニコフに告げる。  ラズーミヒンは老婆殺しをペンキ職人のミコールカが告白したと告げる。ラスコーリニコフは今まで苦しくて圧迫に耐え得なかったような心境に出口が見つかった気がした。ラスコーリニコフはミコールカの件をラズーミヒンがポルフィーリイから聞いたと告げられるが、ポルフィーリイがミコールカが犯人だなんて思ってはいないはずだと考える。

  2
 予審判事ポルフィーリイがラスコーリニコフの部屋を訪ねて来た。前回の会見が正常な別れ方でなかったことを指摘(第四編 六)、二人の間が妙にこじれて、紳士的でなかったと。その時は証拠となる些細なものでも得たいものと思った。何故なら罪を犯したなら何らかの証拠が現れるものだと。ポルフィーリイはラスコーリニコフを気位の高い、高潔な人物と評し、自らも誠意も良心もあることを明かしたいと。ラスコーリニコフは自分を無実のように見なしているという想念に驚く。続けてポルフィーリイはラスコーリニコフの論文(第三編 五)、ラスコーリニコフが自分の方からやって来ると思ったこと、ラスコーリニコフと裁判所事務官ザミョートフとの料理店でのやりとり(第二編 六)、町人がラスコーリニコフに「人殺し」と言ったこと(第三編 六)を話し、前回の出会いでニコライが現れなかったらどのような結末になったかと話す。
 ラスコーリニコフはラズーミヒンから聞いたポルフィーリイのニコライの有罪の言を言い出し、ポルフィーリイの真意を探り出そうとするが、はぐらかされる。
 ポルフィーリイは「人間を殺しておきながら、自分を潔白な人間だと思って、他人を軽蔑し、天使のような顔で歩きまわっている」と述べる。それにラスコーリニコフは「だれが殺したか」と尋ねるとポルフィーリイは「あなたです」と答える。ラスコーリニコフの対手の手口という言葉に、ポルフィーリイは自白の有無に拘らず確信すると応じる。ポルフィーリイは自白を勧め、減刑を言い出すが、ラスコーリニコフは拒否する。
 ポルフィーリイはラスコーリニコフが自殺を考えたならば、殺人と盗品についての要領を得た書き物を残すようにと告げる。

   3
 ラスコーリニコフはスヴィドリガイロフに会いに出かけた。懸念はスヴィドリガイロフはポルフィーリイのもとへ行ったか、またはこの後行くかということである。途次ソーニャのことを考えた。彼はソーニャが恐ろしかった。ソーニャは動かぬ宣言であり、決定であった。問題は彼女の道を進むかそれとも彼の道かであった。
 ラスコーリニコフのもう一つの懸念はスヴィドリガイロフがドゥーニャに野心を持っており、彼の秘密を知って(第四編 四 の最後および、第五編 四)それを利用するかも知れないことであった。
 ラスコーリニコフは料理店にいるスヴィドリガイロフを見つけた。ラスコーリニコフは、スヴィドリガイロフがドゥーニャへの野心のために、自分の秘密を利用しようとするなら殺すと言うが、スヴィドリガイロフは直接には答えない。スヴィドリガイロフがつきまとうほどにラスコーリニコフに興味を持ったのはドゥーニャの兄であり、彼女に影響力を持つ故だと答える。ラスコーリニコフはとりとめなく話し、質問に真正面から答えないスヴィドリガイロフを空虚でくだらない悪党と確信してしまう。立ち去りかけたラスコーリニコフにスヴィドリガイロフはドゥーニャについての話をすると言い出す。

   4
 スヴィドリガイロフはマルファとの生活を物語る。他の女性との交渉について口約束があった。マルファは彼を真剣な恋などできない道楽者と見なしていた。
 マルファは家庭教師に来たドゥーニャが気に入った。スヴィドリガイロフは一目で魅力に打たれたが、最初は近づかないようにした。ドーニャは彼を滅びた人間として惻隠の情を持ったよう。小間使いをスヴィドリガイロフがいじめたことからドゥーニャはこれを止めるようにと彼に接近した。彼女がこの上もなく純潔と評した。スヴィドリガイロフは最後に女の心を征服する奥の手、「せじ」を使った。
 しかし、彼の目の表情、情火の強さが彼女を脅かし、二人は袂を分かった。スヴィドリガイロフはドゥーニャに全財産(3万ルーブリ)を提供しようと決心したが、結局マルファが結婚相手にルージンを紹介した。
 スヴィドリガイロフは男女の間には二人のみに分かる部分があるとの言に対し、ラスコーリニコフはスヴィドリガイロフにはドゥーニャに卑劣な計画があると指摘する。
 スヴィドリガイロフはある娘と結婚しようとしていると言い出し、その娘との交際のことを話す。またペテルブルグの魔窟へ出入りしたことを物語る。これに対しラスコーリニコフは「堕落した野卑な好色漢」と言う。スヴィドリガイロフはシルレルを引用して揶揄する。ラスコーリニコフの「淫蕩漢にとってこの種の話が愉快でないはずはない」の言に、スヴィドリガイロフは「あなた自身も無恥漢」だと応じる。
 二人は料理屋から出る。ラスコーリニコフは相手の最後の4、5分の不作法で皮肉な態度に不安とうすんくささを覚え、後から付いて行くことにした。

   5
 ラスコーリニコフはドゥーニャへのスヴィドリガイロフの企みを見破るべく一緒に歩きだすが、スヴィドリガイロフは自分の部屋へ寄った後、馬車で遠くへ出かけると告げる。しかしそれは偽りでラスコーリニコフの視野から出ると馬車を乗り捨てる。
 ラスコーリニコフは橋の上で瞑想に沈んだ。そこへドゥーニャが現れたが、ラスコーリニコフは気がつかない。それがドゥーニャには驚きであった。そこへスヴィドリガイロフが現れ、ドゥーニャに合図を送り、二人は先にスヴィドリガイロフが送った手紙の内容を彼の部屋で話合うことにする。
 スヴィドリガイロフはドゥーニャを自分の部屋へ招き入れラスコーリニコフとソーニャの話を盗み聞きした場所を示し、ラスコーリニコフの殺人を物語る。ドゥーニャは兄の殺人を信じないと言うが、スヴィドリガイロフの説明に絶望感を覚える。
 スヴィドリガイロフは自分の意を受け入れるよう説く。ドゥーニャはマルファ・ペトローヴナのものであった拳銃を取り出して相手に向ける。銃は発射され、弾は相手のこめかみをかすめ血が出る。迫るスヴィドリガイロフに向け二度目の引き金を引くが、不発だった。意図が潰えてもドゥーニャはスヴィドリガイロフの気持ちを受け入れない。ついにスヴィドリガイロフは締っていたドアの鍵を解放し、彼女は窮地を逃れる。スヴィドリガイロフは残された拳銃をポケットに入れ部屋を出る。

   6
 スヴィドリガイロフは料理屋やあいまい宿を歩きまわり、給仕や出遭った者に酒をふるまったり、けんかの仲裁をしたりした。ひどい雨でずぶ濡れになって自分の部屋へ戻り、ありたけの金を持ってソーニャの部屋を訪れた。彼女はカぺルナウモフの子供達と一緒だった。彼は子供達のために預けた金の証書を彼女に託した。また三千ルーブリ分の債権を与え、今までの生活をけがらわしいとして止めるように、また他人にはこれを秘すように言う。
 ラスコーリニコフの告白内容でラスコーリニコフはピストルで自殺するか囚人となるかしかないが、その話は人には漏らさないと語る。また金はラズーミヒンに預けるように忠告する。
 その後、許嫁の家を夜遅くにもかかわらず訪ね、彼女にペテルブルグを離れなければならないと告げ、一万五千ルーブリを与えた。
 街を歩き、宿屋に入り熱の出た身体ではあったが毛布にくるまってベッドで寝た。さまざまな想念が思い浮かんだ。ドーニャとの対決で彼女をかわいそうに感じた。夢とも現実とも分からない情景が脳裏に浮かび、廊下で見かけた女の子をベッドに運ぶと彼女が娼婦となる夢を見た。
 部屋を出て霧の街をさまよい大きな家の門のそばにいる兵隊外套を着てアキレスめいたかぶとをかぶった男に出遭った。
 スヴィドリガイロフは男が止めるのも聞かず拳銃をこめかみに押しあてて引き金を引いた。

   7
 ラスコーリニコフは母と妹の住まいに出かけた。彼らに会うことに逡巡する気持ちもあったが、引き返しはしなかった。
 母は嬉しくまた興奮して迎えた。ドゥーニャは不在だった。母はラスコーリニコフが彼女の理解を越えたところに行ったと話す。母が雑誌に載った論文を見せた。ラスコーリニコフはいまいましく感じる。  
 ラスコーリニコフは母への愛を語り、何処へ行くのかの問いに彼が答えぬため、息子の身に恐ろしいことが起こっているのを悟る。ラスコーリニコフは絶望のまなざしの母に祈って欲しいという言葉を残して去る。
 自分の部屋に帰るとドゥーニャが訪ねて来ていた。彼の「ネヴァ川の付近をさまよい、いっさいの片をつけようとしたが、思い切れなかった」の言葉に彼女は「生を信じていてよかった」と話す。母に会ったことを言うと、ドゥーニャはいっさいを話したかを問う。ラスコーリニコフは母は察したはずだと話し、恥辱を恐れないことは傲慢かと問う。自首しに行くという彼に彼女は罪を洗い落すのかと問うが、ラスコーリニコフは「罪」の故ではなく卑屈で無能なため、またポルフィーリィが勧めた自首の有利さのためかも知れないと答える。  
 彼は金貸しの老婆を殺人したことを正当化しようとしたり、戦争の際の殺人のことを持ちだして、罪と言って批難する者達に疑問をなげかけたり、試みが失敗したのは自分が卑屈で無能の故と言ったりした。その言葉に絶望するドーニャを見、彼女を含め女性たちに与えた悲しみを深く感じた。
 彼は試練が、二十年の流刑が何のために必要なのかと問う。ソーニャと別れた後、彼は二十何年後かにめそめそするかと自分に問う。そして流刑にしようとしている人達を卑劣漢か白痴と言い、憎む。

   8
 ソーニャはドゥーニャと一緒に、ラスコーリニコフが自殺を企てるのではないかと懸念を抱きながら彼が来るのを待っていた。女性二人は一緒に過ごすことで互いに尊敬の念を抱いた。
 ドゥーニャが部屋を去った後ラスコーリニコフが現れた。ソーニャの口からは喜びの叫びがもれた。ラスコーリニコフは十字架を受け取りに来たと言い、自首する気持ちを述べる。糸杉のと真鍮の十字架のうちラスコーリニコフは糸杉のを受け取る。ソーニャが一緒に行きかけるのを断り、部屋を出る。心内には反抗的な疑惑が煮えくりかえっている。「自訴」せずに済ますわけにはいかないだろうかと。またソーニャを悲しませたことに対し、自分を堕落した卑劣漢と思う。
 ラスコーリニコフはセンナヤ広場でソーニャに言われたとうり、地面へひざまついて歓喜と幸福を感じながら土に接吻した。広場に居合わせた人々の中にいたソーニャはそれを見ていた。                     
 警察署に入ると火薬中尉に出遭った。中尉は一方的に喋りまくった。その中にスヴィドリガイロフが自殺したこともあった。ラスコーリニコフは外へ出たが、出口に青い顔をしたソーニャに出遭い、引き返す。
 ラスコーリニコフは中尉に殺人を犯したことを告げる。