第一部、第二部

第一部

   1
 七月の初めの暑い日、一人の青年が自分の下宿の部屋を出て、K橋の方へ歩いて行く。
 青年は運よく下宿の主婦と出くわさなかった。下宿の払いが溜まっていて、督促されたくない。心境はヒポコンデリー<心気症:実際には病気ではないのに心身の不調に悩み、思い病気ではないかと恐れる>である。
 青年は『あれだけのことを断行しようと思っているのにびくつくなんて』と、計画を実行できるのかを訝っている。美しい黒い目にくり色の毛をしたすばらしい美男子で、貧しく二日食べていなかった。
 彼は多くのアパートが入っている家の四階まで上がって、ある老婆の住まいを訪ねた。一月前に訪ねたことがあった。老婆アリョーナ・イヴァーノヴナは高利貸しである。ラスコーリ二コフは父親の銀時計を渡して金を借りる。そこを出て内心の<まだここまでではよくは説明されていない>嫌悪の情を抱きながら酒場へ入る。そこには退職官吏らしい男が酒を飲んでいる。

   2
 もと九等官マルメラードフの方からラスコーリ二コフに声をかけ、二人は話し始める。
 マルメラードフは自分は貧しさを通り越した赤貧と言い、生活状態を物語る。亡くなった歩兵将校だった前夫との間に三人の子供がいるカチェリーナ・イヴァーノヴナと、娘一人を連れて結婚した。官吏は定員改正のために失職し、この首都に来た。娘ソーニャは春をひさいで金をもたらした。今は黄色い鑑札(売春の印)を持って別に仕立屋のカぺルナウモフの家に同居している。5週間前にマルメラードフは つてで就職することが出来た。しかし5日前に家にある金を持って出て酒びたりになり、職を失う。
 それを物語ってマルメラードフは酔いつぶれる。ラスコーリニコフはこのようなマルメラードフに付き添って彼を家に送り届ける。迎えた妻カチェリーナは怒り狂う。ラスコーリニコフはその場を去る。マルメラードフの家の周りでは騒動をはやし立てる者がいた。

   3
 ラスコーリ二コフは料理女のナスターシャに起こされる。母親からの手紙が届く。内容は次のよう。妹ドゥーニャがスヴィドリガイロフ家で憂い目に遭っている。結局は家庭教師を辞めて家へ帰って来た。しかしこの事件は後に真実が明かされ、ドゥーニャの潔白が証明された。文官七等のルージンから求婚され、受け入れたこと。ルージンの言葉がある。「夫が妻に少しも恩を着ることなく、妻の方だけが夫を恩人と思うようにしたい」 
 ルージンは法律関係の仕事をしており、ラスコーリニコフを秘書に雇う用意がある。
 母妹はペテルブルグに出かけるので、暫くしたらラスコーリニコフに会えると。
 ラスコーリニコフは手紙に顔が蒼白となり、ゆがんだ。ひろびろとした所を求めて狭い部屋を出た。

  4
 ラスコーリニコフは妹ドゥーニャとルージンとの結婚に強く反対する決意を持った。手紙の文面からドゥーニャが自分を犠牲にしてでもルージンと結婚することを決心し、母も内心息子のために娘を犠牲にすることは承知した、ことを読み取った。ドゥーニャの境遇は貧乏人からもらわれて夫に恩を着せられた女房になるやも知れないのだ。ドゥーニャは自分のためなら、自分の心を売ったりはしないが、愛する人のためには自分の感情を押さえられる女性だと、ラスコーリニコフは考える。またドゥーニャとソーニャを比べると、ドゥーニャは多少楽をしようという目算がひそんでいるが、ソーニャは飢えに直面している。
 ラスコーリニコフははっきりと意識する「ドゥーニャの犠牲は欲しくない」と。しかしラスコーリニコフは今自分が何が出来るかの自問に答えることが出来ず、自分を苛み嘲笑する。これらの問題は彼を悩まし、心を引き裂いてしまった。ある想念が頭をひらめき過ぎた。それが今では空想ではなく、新しいすごみのある形で現れた。
 ラスコーリニコフはベンチに座りこんだ15~6才の少女に気がついた。やや離れたところから紳士が彼女を見ている。ラスコーリニコフは彼に近づき、「おい、スヴィドリガイロフ、何用か?」と問う。争いになりかけたのを警官が止める。ラスコーリニコフは20コぺイカを巡査に渡し、彼女を家へ届けるようにたのむ。しかし、ラスコーリニコフは突然がらりと気が変わり、警官に「放っておいたがいい」と言う。

   5
 ラスコーリニコフは あれ を終えた後にラズーミヒンを訪問しようと考える。しかし、 あれ が出来るのだろうかとも考える。食堂で食べた後、草の上に倒れて眠りに落ちた。夢を見た。昔父親に連れられて田舎で見た光景、御者が多くの人間を乗せた重い馬車を引かそうと馬をむち打つ。最後には皆で打ちすえて馬を殺してしまう。目が醒めてラスコーリニコフは考える。やろうとする殺人のことを「おのをふるって脳天をたたき割るのだろうか」そしてこの行為につて「とても耐えられない」と一人ごちる。そして神に妄想を振り棄てることを祈る。
 帰る途中リザベータ・イワーノヴナに出会う。彼女とある店の者との会話からアリョーナ・イヴァーノヴナが一人でいる時刻を知る。

   6
 ラスコーリニコフは友人から万一の質入れ先としてアリョーナ・イヴァーノヴナの住所を聞いていた。妹から貰った指輪を預けた帰り途に寄った料理屋で大学生と将校の話を聞きつけた。大学生はアリョーナ・イヴァーノヴナを殺して金を奪っても良心に恥じないと言う。大学生は、世の役に立たない老婆からの金を利用すれば数千の人の事業に役立てることが出来る。たった一つの生命を絶つことで、数千の生命が堕落と腐敗から救われる、という。将校の自身がやるのかの質問に大学生は否定するが、「自ら決行するのでなければ正義も何もあったもんじゃない」と言う。この話はラスコーリニコフが思いついたことであった。その符合は一種の宿命、啓示であった。
 彼はおのを外套の内側へ入れるための輪を縫いつけた。心内では自分の計画が実現しうると信じられなかった。最後の行動は超自然的な力が彼を引っぱって行くような感じだった。犯罪の暴露はその瞬間に意思と理性の喪失があるからだと考えた。また自分企てたのは『犯罪ではない』としている。彼は庭番小屋でおのを見つけ、コートの輪に引っかけて持ち出した。老婆の家へ着いた。誰にも出会わなかった。

   7
   ラスコーリニコフは質ぐさの銀の巻きたばこ入れを差し出した。老婆がそれを調べている間に彼はおので頭を打った。アリョーナ・イヴァーノヴナからかぎと首にかけた財布を奪った。トランクの中から幾つかを奪った。その時老婆の妹のリザベータが帰って来た。ラスコーリニコフは彼女をも打ちすえる。おのを洗った。誰かが階段を上がって来て、その部屋のベルを鳴らしドアを開けようとした。男が二人外にいるがドアのせんが内側から掛っているので、庭番を呼びに行く。この間にラスコーリニコフは部屋から逃れ出る。下から誰かが上がって来たが、ペンキ屋が仕事をしている無人の部屋へ入ることが出来た。人をやり過ごして建物の外へ出、下宿に帰った。おのも庭番の小屋へ誰にも見られずに戻すことが出来た。


第二部

   1
 殺人を犯したラスコーリニコフは忘我状態で硬直して、夜から朝までベッドで寝ていた。目覚めた時悪寒を覚え発作を起こす。自分の服に血が付いている部分を見つけ、それを切り取ったりする。老婆のもとから奪ってきたものを壁の紙の下に隠す。庭番とナスターシャ(料理女)が訪ねて来て、庭番が警察からの呼び出し状を渡す。これは殺人と関係が無かった。
 ラスコーリニコフは警察署を訪れ事務官と話す。呼び出し状はラスコーリニコフが借金をしてその取り立て告訴状が出されたということであって、殺人の件ではないということが分かり、内心で喜ぶ。
 警察署長、副所長、事務官との間で借金の事情に関し問答が交わされる。告訴状について事務官はありきたりの言い訳の書き方を教えてくれた。
 その後所長と副所長が昨夜のことを質問するが、特段のことはなく、ラスコーリニコフは警察署を出る。

   2
 下宿へ帰って来て盗品を持ち出し、うろついてネヴァ河近くの鉄工所か何かの裏庭の石の下に盗品を隠した。帰途ラズーミヒンの住居を訪れるがほとんど話をせず、ラズーミヒンがアルバイト先を紹介するが断る。帰り途馬車の御者にむち打たれたり、銀貨20コぺイカのほどこしを受けるが、水の中に棄ててしまう。6時間もうろついた後下宿に帰って来るが、副所長が下宿の主婦にどなり込んで来るという幻聴を聞く。精神状態は悪く、夢遊病者のようであった。ナスターシャが食事を持ってくるが、水を飲んだ後人事不省になる。

   3
 悪夢と半意識の入り混じった状態で寝ていて目が覚める。その間医者のゾシーモフが来て診察した。大事ないと診断する。母からの金が届く。ラズーミヒンがラスコーリニコフが取り立てられた金の由来を話す。借用証書を取り戻した顛末を話す。またラズーミヒンはラスコーリニコフの着替え等身の回り品を買ってきておいた。人が出て行った後、盗んだ品を隠しておいた場所を探ったりした(もう既に運び出していた)。 また横になって眠ってしまう。起きた主人公に友人のラズーミヒンが身の回りの品を整えたことを話す。

   4
 医師ゾシーモフがラスコーリニコフが臥せっている部屋へ訪ねて来る。ラズーミヒンが、殺人の嫌疑がかけられかつ警察に調べられているペンキ職人ミコライのことを物語る。
 ミコライは拾った箱の中から見つけた金の耳輪を知り合いのドゥーキンのもとへ持ち込み金を借りたと。ドゥーキンは老婆の殺人事件と関わり合いがあると見て、警察に持ち込んだ。ミコライは拾ったものとしているが、首をくくろうとしたために疑いがつのった。その話を聞いてラスコーリニコフは一瞬「箱は外にあったか」と問いを発する。

   5
 突然ラスコーリニコフの妹ドゥーニャの婚約者のルージンが部屋を訪ねて来る。容貌の描写あり。母からの手紙のことを踏まえての訪問である。しかしラスコーリニコフは対手が気に入らず、ルージンが言ったとかいう花婿の見解を持ち出し相手の悪感情を誘う。結局は険悪な雰囲気に。ラスコーリニコフは「母を悪く言ったら階段から落とす」とまで言う。ルージンは腹を立てて出て行く。ゾシーモフはラスコーリニコフに別種の興味を持つ。

   6
 ラスコーリニコフは一人になるやいなや身づくろいをして出かける。彼はひと思いに片づけようと、しかしどう変わるかは定かでなかった。  娯楽場に入る。そこを出て水晶宮に入る。新聞でその殺人事件の記事を読む。ザミョートフに出あう。ザミョートフに事件について謎かけのような言葉を発する。その中で斧を持ってドアのかげに隠れていた時のことを思い出す。  ザミョートフに挑発するような言葉を言う。「老婆とリザベータを殺したのが、ぼくだとしたらどうだろう?」などという言葉さえザミョートフに言う。ザミョートフは「信じない」と否定する。
 ラズーミヒンに出会う。ラズーミヒンは夜に自宅に来るように誘う。ラスコーリニコフの断りにラズーミヒンは腹を立てる。ラスコーリニコフはラズーミヒンの好意を断る。
 警察署に近づくが迂回し、殺人をおこした部屋に入る。部屋は工事中で、惨状は跡方もない。職人や庭番と話す。

   7
 酔漢マルメラードフが馬車に轢かれて大怪我をする。ラスコーリニコフは行き合わせて家へ運び込む。妻カチェリーナは「あぁ、とうとう本望を達したんだ」と言う。彼女は貧苦と病苦にあえいでいる。そして「死ぬだけでも静かに死なせてやってください」とも。医者が来て望は無いと。僧が来た。ソーニャが来た。その衣装は特殊な社会を窺わせる。懺悔と聖餐式が終わった。カチェリーナは夫を許すように言う僧に憤懣をぶつける。許しを乞おうとする夫にカチェリーナは黙っているように告げる。現れたソーニャにマルメラードフは許しを乞う叫びを上げる。彼はソーニャの腕の中で息絶える。
  ラスコーリニコフはカチェリーナに20ルーブリを渡し、場を去る。ポーレンカが追って来て名前と住所を訊く。彼女は父が聖書を教えたことを話す。ラスコーリニコフの心中に矜持と自信が生まれる。彼はラズーミヒンの家を訪ねる。ラズーミヒンはラスコーリニコフが水晶宮でザミョートフと会話した際のやり取りを強調する。ラズーミヒンと一緒にラスコーリニコフの下宿へ帰って来ると、部屋に明かりがついている。母と妹がもう1時間半も待っていた。彼は気を失うが直ぐ気がつく。