「白痴」第一編

  一
 11月下旬、ペテルブルグ・ワルシャワ鉄道の一列車の三等車に向かい合わせに座った二人の若者ともう一人の男がいた。若者の一人は黒い髪でがっしりした体格のラゴージンと、もう一人はブロンドの髪であご髭のあるムイシュキン公爵であった。ムイシュキン公爵はロシアからの仕送りが途絶えたために療養中のスイスから帰国の途上であった。
 ラゴージンはたまたま見かけた美貌の女性ナスターシャに贈り物をしたのであるが、その金は父のを奪ったものだった。父はそれを取り返したが、そのいざこざ故にラゴージンはペテルブルグを逃れていたが、父の死に伴って遺産を受け取れることになり、帰途にあった。二人の話にレーベジェフが加わった。ラゴージンは別れる際にムイシュキン公爵に訪ねてくるように言った。

  二
 エパンチン将軍は兵隊の倅ではあったが、持家を貸したり、販売事業に関係したりして裕福であった。世渡りに長けており、56才で男盛り、これから真の人生が始まると考えている。家庭はムイシュキン家生まれの妻と三人の娘、アレクサンドラ、アデライーダ、アグラーヤがおり、娘たちは教育、知識、才能の点で卓越していた。
 主人公ムイシュキン公爵を、当初下男は入れることをしぶったが、将軍の家へ入ることが出来た。次いで召使が公爵に応対したが、秘書のガブリーラに相談なしには通せないと言った。公爵はエパンチン将軍夫人もまたムイシュキン家の出身で、以前に手紙を出したが返信がない、そして同じ一族の出として会わずにはおられないでしょうと話す。召使は公爵が無心に来たのではないかと考え始める。
 公爵は召使にフランスで見たギロチンの話をする。そこへ、好男子のガブリーラが現れ、次いでエパンチン将軍が現れた。ほどなく公爵は将軍のもとへ通された。

  三
 ムイシュキン公爵は訪ねて来た理由を昵懇に願いたいの言葉で言ったものの、格別な無心とかは言い出さない。ただ、自分は白痴同様であったと告げた。エパンチン将軍も公爵の訪問の真意を測りかねるという風情である。しかし、公爵がそこそこに座を立っていとまをしようとその様子、その微笑に不快感など無いことを見てとり、将軍は気持ちを変え、夫人に会わせると言い出した。公爵は手蹟に自信があると言ったため、書くこととなった。
 秘書のガブリーラがナスターシャ(本小説の女主人公)の写真を取り出したことに将軍はいたく驚いた。今夜ナスターシャの25才の誕生日の夜会があるとのこと。ガブリーラは将軍と富裕な友人トーツキィに、ナスターシャとの結婚を強く勧められているが、彼はまだ態度を決めていない。ガブリーラの母はナスターシャとトーツキィの間の良からぬ噂のために結婚に反対している。
 ムイシュキン公爵は写真のナスターシャの美しさにうたれる。公爵は列車の中でラゴージンから聞いた話をする。
 公爵が書いた手蹟は素晴らしい出来で、将軍はこの技量で生活していくことが出来ると言い、ガブリーラの母が貸している部屋に住むよう勧める。将軍が去った後、公爵とガブリーラはナスターシャの話をし、公爵はラゴージンはすぐにでも結婚するかも知れないが、一週間もたたぬうちに殺してしまうだろうと言う。ガブリーラはその言葉に身震いした。召使が公爵をエパンチン夫人のもとに案内する。

  四
 エパンチン将軍家ではリザヴェータ夫人に対する三人の娘達の勢力が強くなりつつあるが、夫人のうっ憤は将軍が引き受けていて、平穏に過ぎていた。
 トーツキィはエパンチン家の娘の一人と結婚したいという意向を告げ、長女のアレクサンドラとの縁談が徐々にではあるが進んでいた。しかしトーツキィが田舎で養育していたナスターシャのことが差し障りとなっていた。ナスターシャはトーツキィの縁談の噂を聞くと突然ペテルブルグに現れ、これまでからは予想されない性格を示し、彼を侮蔑し結婚に反対した。
 トーツキィはナスターシャをペテルブルグに住まわせ、豪華な暮らしをさせ、5年が過ぎた。トーツキィはエパンチン家の娘との縁談を進めるにあたり、将軍にナスターシャのことを隠さなかった。またナスターシャには自分の運命は一にかかって彼女にあると告げ、かつ将軍の秘書ガブリーラとの結婚を勧めた。
 将軍を交えての話合いでトーツキィはナスターシャに7万5千ルーブリの提供を申し出た。彼女はその意向を受け入れ、ガブリーラのことも拒絶しなかった。しかし、ガブリーラは結婚は金のためであり、エパンチンとトーツキィの企みが故にナスターシャを憎むようになった。ばかげたことであったが、エパンチン将軍がナスターシャの色香に迷い、贈り物を用意した。それを夫人に知られてしまった。

  五
 将軍夫人は一門の生き残りのムイシュキン公爵があわれむべき白痴で一文無しと聞き驚いた。将軍はナスターシャへの贈り物の問題を逃れた。
 将軍家族は公爵と会話し、食事をともにすることとした。公爵と夫人の間には親族関係は無いことが分かった。公爵はまずスイスで療養をしていたこと、バーゼルで驢馬に気持ちを引きつけられたことを話した。夫人は公爵を「まったく良い方、賢い方」と評した。
 公爵は処刑体験のある男の話をした。その男は死刑を宣告され、20分後に特赦の勅令で罪一等を減じられた。その時の時々刻々の心境が語られた。その後一つ一つの瞬間を空費しない生活しようと考えたが、実際はそうはならなかった。
 娘の一人アグラーヤは「あなたみたいな静寂教の信者だったら、たとえ百年生きていらしっても幸福に充ちた生涯を送れますわ」と評した。
 次に公爵は死刑(ギロチン)の話を始めた。アデライーダに刃が落ちてくる1分前の死刑囚の顔を描いてはどうかと勧めた。その処刑される男についても命を奪われる一瞬前の心境を物語った。

  六
 ムイシュキン公爵は幸福であった生活のことを話した。住んでいたドイツの町にいた子供達の一隊と非常に仲良しになった。それは大人たちを向こうにまわすほどの状態になり、公爵を治療しているシュナイデル医師さえも意見をするほどであった。
 老いた母と暮らすマリーという不仕合せな女がいた。マリーは誘惑されて棄てられ、町へ戻って来ると、町の者達はその母親さえも彼女を誹謗した。マリーはそれでも病気になった母を死ぬまで看病した。牧師でさえ母親が死んだ時に彼女を侮辱した。公爵は同情からダイヤのピンを売って金を得、彼女にほどこしをした。公爵は子供たちにマリーの不仕合せを話すうち、徐々に子供達は彼女に対する気持ちを変え、好くようになった。
 マリーが亡くなった時も棺を担ぎ、お墓を花で飾った。公爵と子供達は大人達の批難を臆せず交流した。シュナイデル医師が公爵を世話し切れなくなる事情が到来し、公爵はロシヤへ帰ることとなった。子供達は停車場まで公爵を見送った。
 公爵はアデライーデ(次女)は幸福そうな顔で、会った相手を見抜く力を持つと告げる。アレクサンドラ(長女)は美しいが、秘めた哀しみがあると。そして将軍夫人はまったくの赤ん坊と評した。

  七
 リザヴェータ夫人はエパンチン将軍の、公爵を試験をという言葉とは逆に自分たちが試験されたと解し、かつ自分の評を受け入れた。公爵はアグラーヤについて何も言わなかったということを追求され、美人だという言葉に関連してナスターシャ・フィリッポヴナのことを話す。話題はナスターシャのことに集中し、公爵は彼女の写真をガヴリーラから借りてくることになった。
 ガヴリーラは最初は公爵に腹を立てるが、思い返し、逆にアグラーヤからの好意を期待して公爵に彼女への手紙を託した。公爵はナスターシャの写真の表情に矜持と侮蔑とを、同時に醇朴さを見た。彼は写真に接吻した。部屋へ戻る途中アグラーヤに出遭い、手紙を渡した。
 ガヴリーラは居間に呼ばれ、リザヴェータ夫人に結婚を詰問され、否と嘘を言う。夫人は公爵と出会ったことは神のおぼしめしと言い、女性達は部屋を去った。ガヴリーラは部屋に戻ったアグラーヤに答えを迫ったが、結局は意を果たすことができない。アグラーヤはその手紙を読むようにと公爵に渡し、かつ返すようにと言う。
 ガヴリーラと公爵はエパンチン将軍家を出、手紙は公爵の手にあり、かつ彼女の「返事なし」の伝言を聞いてガヴリーラは憤慨する。ガヴリーラは公爵がエパンチン家の女性達に受け入れられた理由が理解できず激高し、公爵をばか(白痴)呼ばわりする。公爵は抗議の言葉を発し、これに対しガヴリーラは態度を覆して詫び、公爵を逃してはならないと考えるようになる。

  八
 ガヴリーラの家は母親ニーナと妹ヴァルヴァーラの希望で下宿人を置くように配慮された借家であった。彼はそのことを勤めている社会に対し気恥ずかしさを感じ、心は傷ついていた。家族には女達の外に父の退職将軍イヴォルギンと弟のコーリアがいた。ムイシキン公爵は一部屋を借りた。客のプチーツィンがおり、彼はガヴリーラの親友でヴァルヴァーラに心を寄せていた。
 下宿人のフェルデシチェンコが公爵のもとへ現れた。彼はナスターシャの友人でもあった。自分には金を貸さぬようまた、イヴォルギン将軍が無心に来ると告げる。イヴォルギンが現れる。公爵の父とは同じ軍務に服し、公爵の母を巡ってかって殺し合い寸前のことがあったこと、軍務中のこと等を話したが、公爵が聞いていたこととは一致しない。ニーナ夫人が戸口に現われて将軍の態度の取りなしをする。
 そこへヴァルヴァーラがナスターシャの写真を持って来て、「今夜一切が決まる」と告げる。公爵は身の上を夫人に話す。夫人が息子に関するいきさつを問い出すと、ガヴリーラとプチ―ツィンが現れ、家庭悲劇が始まる。ニーナ夫人は息子のことを諦める心境にあるが、ガヴリーラとヴァルヴァーラとは鋭く対立している。公爵が部屋を去ると、会話は騒々しく、露骨になった。
 そこへナスターシャが訪ねて来る。公爵とは初めての対面である。彼女は公爵をとりつぎとしか見ず、渡した時に落とした外套を持ち歩いた彼に「白痴(ばか)」と言う。
 家族の喧騒の中へ公爵が告げる。「ナスターシャ・フィリッポヴナがお見えになりました」

  九
 ナスターシャの来訪は一同にとってじつに奇怪で厄介な、思いもかけぬ出来事だった。ガブリーラは気が転倒しきって、母より先に妹を紹介するほどであった。ムイシュキン公爵はまごつくガブリーラに態度を改めるように言う。彼は気を取り直してムイシュキン公爵を紹介する。公爵と聞いて、彼を誤解していたナスターシャは何故自分と分かったかと問う。公爵がいきさつを語っているところへ退役将軍イヴォルギンが現れる。父とナスターシャとの会見に悩んでいたガブリーラにとっては想像も出来ない事態であった。
 ナスターシャが『ガブリーラや家族に嘲笑を浴びせる機会を探している』(ガブリーラはそう確信していた)正にその時に父親が現れたのであった。
 ニーナ夫人は夫を去らせようとするが、イヴォルギンはかまわずエパンチン将軍と疎遠になった所以の話を始める。汽車の中で彼の葉巻をひったくったある婦人が連れていた狆をエパンチン将軍が窓から放り出したと。
 しかしこの話は新聞記事の剽窃であった。ナスターシャはそれを暴き出した。ガブリーラは量り知れない憎悪で父親を連れ出そうとしたその時、来訪者を告げるベルが鳴った。

  十
 ラゴージンが率いる一団が部屋へ入って来た。ラゴージンはナスターシャに野心を持っており、ガヴリーラの婚約の噂を確かめに来たのであった。ラゴージンはガヴリーラがお金への執着が強いことをけなしつつ、思いがけなくそこに来ていたナスターシャに婚約のことを問う。彼女は否定する。
 ラゴージンはガヴリーラにお金を与えることをあからさまに言う。さらにナスターシャにも10万ルーブルを渡すと言い出す。ニーナ夫人は事態に卒倒しそうになる。ヴァルヴァーラは事態の因となったナスターシャを追い出さない兄に怒り、唾を吐きかける。妹をぶつと振り上げた手をムイシキン公爵が抑える。が、ガヴリーラは公爵の頬を撲りつけた。「後悔するでしょう」と言う公爵の周りに、皆がラゴージンさえもが集まった。
 公爵はナスターシャにも「そんな女(ひと)ではないはず」と言う。ナスターシャは部屋を出たがすぐに引き返してニーナ夫人に敬意を表し、公爵の言う通りだと(ヴァルヴァーラはこれを聞く)告げて去る。ラゴージンの一団も去った。

   十一
 公爵は自分の部屋に退き、コーリャの次にヴァルヴァーラが礼に来た。つづいてガブリーラが謝罪に現れ、公爵は彼を抱きしめた。公爵はヴァルヴァーラへの謝罪を促すが、彼は諾とせず、ナスターシャは謎かけをしていて、それは手品だと言う。ヴァルヴァーラは許すと言うが、ナスターシャの侮辱行為は7万5千ルーブルに値しないと告げ、去る。
 ガブリーラは結婚すると言い切り、ナスターシャ初め皆が自分を卑劣と呼ぶが、今回の事件をも自分の愛情の故と受け取るだろうと、又金は自分のものとなると言い張る。公爵は彼を卑劣でも悪党でもない、平凡で弱いと評する。ガブリーラは反論し、金に執着する意思、つまり資本を得て、一気に上流社会を駆け登りたいと述べる。ガブリーラが去った後コーリャが来てイヴォルギン将軍からの手紙を渡す。

   十二
 ムイシキン公爵はコーリャに連れられてイヴォルギン将軍のいる店へ行った。将軍はもう酔っ払っていた。公爵がナスターシャのもとへ連れて行くように願うと二人の遠征隊で行こうと言い出す。将軍は更に酒を飲み、公爵から(無理に)25ルーブリを受け取ると怪しい足取りで、さらに知り合いの家へ向かった。マルファ・ボリーソヴナの家に立ち寄り公爵からの25ルーブリをそのまま彼女に与え、ソファに横になってしまった。
 そこはコーリャの友人イッポリートの家でもあった。公爵はコーリャに案内されてナスターシャの家へ行く。コーリャは招待をされないにも拘わらずナスターシャの家へ行こうとする公爵を訝った。

   十三
 公爵は中へ入れてくれるかどうか訝った。心の内ではナスターシャに結婚を止めるよう言いたかった。召使の小娘は怪しむふうもなく、公爵を中へ入れた。トーツキィ、エパンチン将軍、ガブリーラがいた。フェルデシチェンコが道化役であり、ラゴージンは10万ルーブリを集めようとしているという噂があった。彼はトーツキィに嫌われ、またガブリーラも我慢せねばならぬことが存在理由であった。
 ナスターシャは公爵を招待するつもりはなかったが、満足の意を表し、歓迎の言葉を言った。この唐突な訪問である公爵の行動を揶揄する言葉、特にガーニャはナスターシャの写真にまつわることを言った。
 フェルデシチェコンコがプチジョーを提案した。それは各人が生涯での最も悪い行いを正直に話すということであった。奇抜さに過ぎ気後れする者もいたが、ナスターシャが気に入ったとした故に逆らう者はいなかった。フェルデシチェンコはガブリーラに、うそをつく心配なぞ無い。君の一番悪い行為はもう知れ渡っていると言い放つ。公爵が引いてくじ順が決まった。ナスターシャは事を進めるよう専制的に促した。

   十四
 フェルデシチェンコはある貴族の家でお金を盗み、犯人をその家の女中にしたてた悪事を語った。女中に自白の言葉を言うように唆したのである。ナスターシャに貶まれたフェルデシチェンコは悪を話すはずだと反論する。トーツキィは若い時に寄寓していた家での家主との悶着を語った。壊した壺の代わりに皿を奪われ、それを抗議した時の悪罵がもとで、老婆が亡くなった。しかし後に病身な老婆を養老院へ入れたと話した。フェルデシチェンコはその立派な行為を話すことで自分に一杯食わせたと言う。
 エパンチン将軍の話はある貴族の妻に横恋慕した若者が彼女への贈り物にしようともくろんだ椿の花を事前に買い占めて横取りしたことだった。結末はその悪戯をしなければ、若者はクリミア戦争で死ぬこともなかっただろうということであった。
 男たちの話が終わると、ナスターシャが公爵にガブリーラとの結婚を勧められていることを質問し、公爵が「結婚してはいけません」と答えると、彼女は即座にそれを受け入れ、皆の前で結婚話を否定した。トーツキィのうろたえた問いにも彼女は公爵を信じるが故だと告げる。7万5千ルーブルはトーツキィに持って行くようにと、そしてトーツキィは自由だと告げる。

   十五
 ラゴージンの一団がナスターシャの部屋へ闖入して来た。彼女の夜会に出席していた者達はそれぞれに感情を持ったが、ガブリーラは曝し台のような場におらねばならぬと感じた。トーツキイとエパンチン将軍は結局はその場に残らねばとの思いを持った。
 ラゴージンは今日一日中金を集めて回り、10万ルーブルの現金を用意できた。一団のある者は心中でナスターシャを軽侮と憎悪の念で見ていたが、部屋内の華麗な装飾や調度品に尊敬と恐怖とも言うべき印象を持った。レーベジェフは集めた金の意味を知っており、胆力と確信はあったが、事の成り行きには今一つ頼るべきものを探す心理もあった。
 当のラゴージンはナスターシャを認めると、心臓の鼓動を激しくし、他の人の存在を忘れた。ナスターシャは「約束を違えなかったのね」と応じた。ラゴージンはムイシュキン公爵がいることに驚愕した。
 ナスターシャはラゴージンが彼女をせり落としたこと、今朝のガブリーラの家でその妹のヴァルヴァーラがナスターシャを排したいとし、兄に唾を吐いたことを話し、ガブリーラに、一家が侮辱されても自分を家に入れるつもりなのかと問う。公爵は彼女はラゴージンのものではないと、また純潔なナスターシャを引き取るとも言う。暮らしていくお金の懸念については、遺産の受け取りを示唆するサラーズキンからの手紙を見せる。

   十六
 プチーツィンは手紙の内容、すなわち公爵の遺産の受け取りを確認した。ナスターシャは皆の騒ぎに何事が起こったのか分からない風情であった。「公爵が私を引き取って下さるとさ。お祝いをしておくれ」と言い出した。ラゴージンは事態を悟ったが、言葉ではまだナスターシャを引き取ると言い続けた。そんなラゴージンを公爵は「あの人は酔っているんです」と評する。またナスターシャには「名誉を与えるのはぼくではなく、あなたです。あなたは不幸のあまり自分が悪いと思っているのかも。私が介抱します」と言う。しかしナスターシャは「こんな坊ちゃんの一生を台なしにするなんて」と、またラゴージンに「出かける」と告げる。彼は狂喜する。
 ナスターシャはラゴージンが持って来た10万ルーブリを自分の金かと確かめた後、暖炉に放り込み、ガブリーラに素手で拾うよう命じる。皆はナスターシャが気が違ったと叫ぶ。ガブリーラはしかし、この拷問に耐え、金の包みは焔に包まれた。フェルデシチェンコはガブリーラに金を取るよう促すが、彼はそれを突き放しその後床に倒れて気絶した。
 ナスターシャは火箸で金包みを取り出した。中身は殆ど無事だった。彼女は金をガブリーラの傍らに残し、ラゴージンと共に去った。公爵はナスターシャとラゴージンの載ったトロイカを追って去った。
 トーツキイは「あれほど骨を折って教育を施したのもすっかり水の泡になった。磨かれざるダイヤモンド」と溜息をついた。