イエス・キリストに擬えたとされるムイシュキン公爵の物語である。
第一編
スイスの療養先から戻る途中のムイシュキン公爵は列車内でラゴージンに出遭う。ラゴージンは美女ナスターシャへの贈り物の件で父親と悶着を起こし、家から離れていたが、父親の死の故に戻る途中であった。
公爵はエパンチン家を訪問し、家族と昵懇となった。ナスターシャはエパンチン将軍の友人のトーツキィと特別の関係にあったが、トーツキィはエパンチンン家の長女との結婚を策し、エパンチン将軍の秘書のガブリーラとナスターシャを結婚させようとしていた。公爵はたまたまナスターシャの写真を見、その美しさに魅せられる。野心あるガブリーラは金と上流社会への栄達の故にナスターシャとエパンチン家の三女アグラーヤのどちらを選ぶべきかに悩んでいた。
ムイシュキン公爵はガブリーラの家族と共に住むこととなり、ガブリーラの父で零落したイヴォルギン将軍の一家と知己となる。一家はガブリーラとナスターシャの結婚話を因として紛争が起きていた。ニーナ夫人はナスターシャの良からぬ噂の故に結婚に反対で、ヴァルヴァーラは兄のガブリーラと激しく対立していた。そこへ思いがけなくナスターシャが現れ、騒動が起こる。さらにこの家にラゴージンの一団が現れ、あからさまに金のことを言い出し、騒動はますます酷くなる。彼らが去った後、イヴォルギン家の人々は公爵に謝りの言葉を言う。
公爵はガヴリーラの弟のコーリャと共に誕生日の夜会が開かれるナスターシャの家に向った。招待されていなかったが、ナスターシャは招き入れた。夜会の最後にナスターシャは公爵に結婚の是非を問う。公爵の返事に彼女は結婚話を否定する。トーツキィには(お金を受け取りもせず)自由だと伝える。
ラゴージンの一団が、10万ルーブルの金を携えて部屋に入って来た。ナスターシャはその金が(自分のものであることを確かめて)彼女をせり落としたと言い、またガブリーラの一家が彼女を受け入れ難いことを話す。公爵は彼女を“純潔”だと言い、自分が引き取ると話す。公爵に遺産を受け取れることが伝えられたが、ナスターシャは「公爵の一生を台無しにしたくない」と告げる。
ナスターシャはラゴージンと行動を共にすると宣した後、彼が持って来た金を暖炉に投げ込み、ガブリーラに拾うように命じる。ガブリーラは精神的な責め苦に耐えられず、気絶する。ナスターシャは暖炉から金包みを取り出し、ガブリーラに残して、ラゴージンと去る。
第二編
ムイシュキン公爵は遺産を受け取ったが、近づいて来る人に気前良くお金を都合したりした。
ナスターシャはラゴージンとの結婚を約したが、間際になると逃げ出した。公爵もモスクワから姿を消した。エパンチン家がパーブロフスクの別荘へ越した後、ムイシュキン公爵がペテルブルグへやって来て、レーベジェフのパーブロフスクの別荘を借りることにした。コーリャはエパンチン家と親しくなり、アグラーヤへの公爵からの手紙を受け渡しした。
公爵はラゴージンの家を訪ねた。ラゴージンのナスターシャへの愛は「憐憫」はなく、公爵の「ラゴージンの恋は憎しみと区別がつかず、恋が無くなったら恐ろしいことになる」の言葉にラゴージンは殺人をにおわす。二人はハンス・ホルバインの描く死せるキリストの模写を見、十字架を交換する。ラゴージンは別れ際に「ナスターシャを取るがいい」と告げる。
ナスターシャを知る女から彼女はパーヴロフスクにいると聞く。
公爵はラゴージンに襲われるが、間一髪で難を逃れ、コーリヤに助けられる。パーヴロフスクへ向かう。
多数の知人が集まった。アグラーヤはプーシキンの「貧しき騎士」の詩を、中の人をナスターシャに代えて読んだ。
公爵の遺産の受け取りに疑念あるとの話が持ち込まれた。しかし結局は新聞記事は詐欺話であることがガブリーラの調べで判明した。公爵は問題を起こした相手へのお金の提供が施しのようになったことを後悔した。リザヴェータ夫人はその事件にいたく腹を立て、相手を非難した。
第三編
ムイシュキン公爵はエパンチン家に招かれた。エヴゲーニイがロシア社会のことを論じたが、論旨は他の人々に受け入れられなかった。エヴゲーニィが話すイッポリートへの心情を、公爵が諭すのを聞き、S 公爵は「地上の天国はあなたの美しい心で考えるよりもはるかに難しい」と話す。
公爵がこの世には高潔なる理想はあるが、自分が口にすると滑稽なものとなると話す。不意にアグラーヤがそのような言葉を聞く価値のある人はここにはいないと言い出す。アグラーヤが公爵とは結婚しないと言うに、公爵は求婚したことはないと応じる。
一同が散歩に出かけると、ナスターシャの一行と出遭い、悶着が起こる。ナスターシャはエヴゲーニィに伯父がピストルで死んだのに何故ここにいるかと話しかけた。彼女の話の侮辱的なことに腹を立てたエヴゲーニィの友人の士官が激高すると、ナスターシャは士官のステッキを引ったくり、無礼者の顔を打った。士官を遮ったのはムイシュキン公爵だった。ラゴージンが現れ、ナスターシャを連れ去った。
ラゴージンがナスターシャが公爵を招いているという伝言を持って来る。公爵は「ナスターシャが公爵を愛していると思う(嫉妬)とラゴージンの憎しみは無くならない」と話す。ラゴージンは「ナスターシャが公爵とアグラーヤ結婚させたいと思っている。ナスターシャがアグラーヤに手紙を送っている」と告げる。
公爵の誕生日の宴があった。イッポリートは「公爵は美は世界を救うと言っている。それは公爵が恋をしている故だ」と言う。イッポリートは告白を読みだす。「死まで二週間となれば騒ぐことはなく、死ぬために公爵の別荘に来ることもない。死ぬまでの四週間は生きる価値がない、という確信が無いまま生きて来られたのに驚いている」イッポリートは拳銃をこめかみに当て引き金を引くが、不発で、偽装ではないと訴えるが、意識を失う。
公爵は公園でアグラーヤに会う。公爵は「ナスターシャがラゴージンと一緒になっても幸福を得るとは信じがたいが、自分に何ができるか分からない」と語る。アグラーヤはナスターシャが殆ど毎日手紙を寄こし、公爵と結婚するようにと書いてきていると告げ、ナスターシャからの手紙を見せる。手紙の意味は嫉妬で、もしアグラーヤと公爵が結婚したら、自害するだろうと語る。リザヴェータ夫人が現れると、アグラーヤはガヴリーラの嫁になると言い棄てて駆け去る。
戻った公爵にコーリャが、イッポリートが告白の中で、神と来世を説いたことに偉大な思想がある、と言う。公爵はナスターシャからアグラーヤへの手紙を読んだ。そこには「あなた(アグラーヤ)は利己心を抱かずに人を愛することができる。ムイシュキンとアグラーヤの結婚を望む。ラゴージンは私を愛しているが、私を殺すでしょう」とあった。
第四編
ムイシュキン公爵と彼にまつわる人々の交歓が様々にあった。
レーベジェフの財布をイヴォルギン将軍が持ち去った事件で、結局は元の場所へ戻ったことについては、公爵はレーベジェフに事を大げさにすることの無いように諭した。レーベジェフは「正義の言葉を発し得るのはあなた(公爵)ひとり」と応ずる。
イヴォルギン将軍がその経歴について嘘の話をする事に、老人の気を損ねぬよう話を聞いてやり、将軍から「公爵!あなたはじつに善良で、じつに良い人だ。どこまでも正直だ」の言葉を聞くほどであった。しかし公爵は内心では将軍に夢中になって話させたことを気遣った。
公爵とアグラーヤの間に交際があり、紆余曲折があるものの、二人の結婚への意識があり、エパンチン家で婿候補のお披露目の夜会が催された。公爵は社交会の出席者の意識・感情の機微には無感覚だった。公爵はロシア人の宗教的態度、また上流階級についての自論を主張し、興奮して失神した。アグラーヤの、自分は約束したことはないの言葉に、リザヴェータ夫人は心内では婿などとはとんでもないと思っていながら、他の人は追い出しても公爵だけは残したいと言い返す。
アグラーヤとナスターシャの話合いが公爵を交えてあり、アグラーヤがナスターシャの境遇を非難ししたため、ナスターシャは激昂し、アグラーヤが去り、ナスターシャは公爵をアグラーヤに譲ろうと思っていた感情を覆した。
エヴゲーニイが訪ねてきてナスターシャを選んだ公爵の態度を非難するが、ナスターシャは自殺しかねないと話す。公爵はエヴゲーニイには理解し難い二人の女性への愛の心情を語る。エヴゲーニイはこの“愛”を語る公爵をかわいそうな“白痴”と呟く。
公爵の周りの人々はこの結婚を危ぶんだが、誰もそれを翻意させるに至らなかった。
結婚式の直前、ナスターシャはラゴージンに連れて逃げるように告げ、馬車で停車場へ。公爵の「当然すぎるかも知れない」の言葉があった。
公爵はラゴージンの家を訪ねた。ナスターシャがラゴージンに殺められたことを知った公爵は何も分からなくなった。
ラゴージンは15年の流刑を宣告された。公爵は再びスイスの医院へ戻された。医師は知能の組織が傷つけられていて絶望的と述べた。病院でリザヴェータ夫人は公爵の様を悲しみ、「不幸な公爵のことをロシア語で嘆いてやるのがせめてもの心やり」と話した。